砺波市の狛犬 川野明正日本石仏協会会長

富山県の砺波型狛犬―両開口で尾の華麗な独自様式の狛犬

六月一日、尾田武雄氏(北陸石仏の会事務局)のご案内で、砺波平野にて尾田氏ご命名の砺波型狛犬を幾つか実見しました。

砺波型狛犬は、井波石工森野善四郎が狛犬のみに専念した作品で、ほぼ一人の石工で大正期を中心に制作されたことが判明しています(南砺市野原神明宮〈大正八年八月〉・砺波市庄川町示野神明宮〈大正年九月〉・砺波市庄川町三谷水宮神社〈大正十五年二月〉)(尾田武雄氏の「砺波市の参道狛犬」に一覧表あり)[尾田2021]。

砺波型狛犬は、左右両狛犬とも阿形で両開口の大きな特徴があります。阿形は玉を咥え、巻毛を伴った合計十本もの華やかな尾をもちます。大別して砂岩製と花崗岩製に分かれ、背をむくらせた、体毛の少ない力強い蹲踞形と、或いは江戸中期の立ち尾の狛犬に通じる、良く似た造形の頭部に、関西風の団扇尾が発展したかのような華麗な広がりを持つ五本尾のタイプがありますが、前者も華麗な尾をもち、尾は共通性があります。後者は上半身の江戸的要素と下半身の浪花的要素のハイブリッドのようにもみえます。

そうではありますが、江戸狛犬と浪花狛犬の要素を覗うことはできるにせよ、そうとばかり断じるのはやや早計で、同じ砺波市の日吉神社にある幕末から江戸期に奉納されたと思われる砂岩製の小型狛犬の華麗な尾に影響を受けたかにみえます。こちらは尾の房が十四本もあり、日本でもっと尾の房が多い狛犬ではないかと思いますが、その華麗さを受け継いだとみるべきとも考えます。

それにしても思うのですが、砺波型狛犬は、そもそも両狛犬とも阿形ですから、そうした様式は、両開口であったり、両仔附きであったりする江戸狛犬の自由な造形にも通じます。江戸狛犬の影響はあるかもしれません(南砺市立山神社の狛犬は両狛犬とも仔附きですが、どの地方の石工のものかは不明)。隣接する金沢型片倒立狛犬は、阿形が右狛犬(神祇からみて)・吽形が左狛犬ですが、そうした阿吽逆置き地域とも違って独特です。江戸的な粋にも通じる点は、砺波型狛犬の自由な造形のあり方や、南砺市井波の瑞泉寺再建の際に彫られた木彫「獅子の子落とし」(制作年:1792年頃 ・作者:北村七左衛門〈九代目・田村与八郎〉)の影響ですが、獅子の子落としの意匠が、神社の脇障子の木彫や、石彫では手水鉢や注連縄を張る標柱(しめばしら)にみられる点などに覗うことができます。

尾田氏のご教示からつくづく思って二人で狛犬を前に話したことですが、砺波型狛犬がこの地にあるのは、砺波の進取・開明な気風ということもあろうかと思います。狛犬は仁王とともに阿吽が様式として確立していますから、両狛犬阿形というのは、施主である村民がこの造形を許容したとも考えられるのです。まずは地元の人々が受け入れないと、このような狛犬は造ることができないだろうと思います。岡崎住の狛犬彫刻師綱川潔氏が、「施主の意に沿わない奇抜な狛犬は造れない」とよく話しておられますが、そういうことだと思います。地元の方の支持も背景に、石工森野善四郎は砺波の地でひたすら狛犬に研鑽を積んだのでしょう。

(写真、栴檀野神社〈砺波市頼成新43〉の砂岩製狛犬〈建立年:不詳・石工:〈推定〉森野善四郎〉〈左狛犬=像高:708mm・像奥:766mm・前足幅:406mm/右狛犬:像高:705mm・像奥:763mm・前足幅:407mm〉)

謝辞:尾田武雄氏には、周到なご案内と懇切かつ詳細なご教示に篤く感謝申し上げます。また、砺波市の狛犬の概要については、山崎哲男・山崎良恵両氏のHP『神社探訪・狛犬見聞録/注連縄の豆知識』より知見を得ました。山崎ご夫妻にも篤く御礼申し上げます。

参考文献:

尾田武雄1998「富山の野にある狛犬」『北陸石仏の会会報』第3号

尾田武雄2016『北陸石仏の会会報』第49号:1頁

尾田武雄2021「砺波市の参道狛犬」『砺波散村地域研究所研究紀要』38号、2021年6月:28-32頁

尾田武雄・西井龍儀・古川知明・中島良江・沢辺大輔・市山和弥2024『砺波市神殿狛犬調査報告―砺波市域における神殿狛犬の悉皆調査』富山県砺波市教育委員会

山崎哲男・山崎良恵氏HP『神社探訪・狛犬見見聞録/注連縄の豆知識』http://www.komainu.org

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です